現代は、いかに効率よく、タイパ(タイムパフォーマンス)を上げて生きるかという点に注目が集まりがちだ。
仕事の自動化ツールやAIの進化など、便利なものは徹底的に取り入れるスタンスの私だが、だからこそ、日常生活のどこかに「あえて時間をかける不効率なこと」を残しておきたいとも考えている。
その代表が、週末に淹れる一杯のコーヒーや、時間をかけて作る料理だ。
平日は全自動のコーヒーメーカーで手早く済ませることも多いが、休日の朝は違う。
ゆっくりと手動のミルで豆を挽き、お湯の温度を測り、ドリッパーにお湯を細く注ぐ。
お湯を吸ってふっくらと膨らむ豆の様子をじっと眺めている時間は、何にも代えがたい贅沢なひとときだ。
効率を追い求める仕事の時間とは真逆の、ただただプロセスそのものを楽しむ時間。
このグラデーションがあるからこそ、生活にメリハリが生まれ、心のバランスが保たれるのだと思う。
すべてを効率化し、無駄を削ぎ落とした先にある世界は、少し味気ないものになってしまうかもしれない。
便利さを最大限に享受しつつも、自分の手を使って何かを創り出す面白さや、時間がかかるプロセスそのものを愛おしむ余裕は忘れたくない。
そんな風に、デジタルとアナログ、効率と不効率を行き来するバランス感覚を、これからも大切にしていきたいと思う。